明治23年、樋口一葉(本名:樋口奈津1872~1896年)が母、妹と女三人の暮らしを始めた(旧)本郷区菊坂町70~69番地あたり。
一家は洗濯と針仕事で生計を支えるなか、19歳の奈津は小説を書いて生活費を得ることを思い立つ。

〜当時はつるべ式で、一葉も使った古井戸が残る。
(現在の文京区本郷4丁目)
Nikon D2Xs 12-24mmf4G
_DSC0224

 五千円札の肖像、樋口一葉(樋口奈津)はその短い生涯を、この辺りから半径数キロメートルの範囲で生きた。
私が20年以上暮らしている東京都文京区の近隣地域ということになる。
奈津が14歳から通った歌塾「萩の舎」安藤坂富坂も毎日上り下りしており、作品で設定される場所にも土地勘のあるところが多い。

特に「一葉の日記」に触れてからというもの、この辺りを歩くとき、江戸の面影を色濃く残していたであろう当時の町並みや、小柄で猫背のうえにひどい近視、上昇志向を内に秘め、目に輝きがあったという一葉の幻影を追っていることがある。

生活に追われながら、あの道この坂を一葉はどんな思いで往き来していたのだろう。
同じ空間を共有しながらも尚、時間には120年の隔たり。
私の乏しい想像力で時空をどこまで埋めることが出来るだろうか。

takekurabe

にごりえ・たけくらべ
新潮文庫

樋口一葉
〜ちくま日本文学013
筑摩書房





_DSC0237現在の本郷「 菊坂上通り」
質屋「伊勢屋」
菊坂の家のあった下通りから石段を数段上がると上通り。
一葉一家が衣類を質入れした伊勢屋質店の建物が現存する。





_DSC0217樋口一葉 終焉の地
本郷区丸山福山町四番地の住居跡
(現:文京区西片1-17)
明治27年、下谷龍泉寺町の雑貨店を引き払い移り住む。近隣は新開地で銘酒屋や安待合のある色町であった。
「大つごもり」「たけくらべ」「にごりえ」「十三夜」などの傑作を次々に発表し、漸く文名も高まるなか肺結核を発症し明治29年11月23日この地に没す。享年二十四歳。

最晩年の丸山福山町時代は「奇跡の十四ヶ月」と評されている。

現在の菊坂下通り
Nikon D3s 24-85mmF3.5~4.5G
_DSC0098

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